指導=自らの競技力を伸ばすこと/梶川洋平


指導するということは

「今日はうまく教えられるかな?」「どう言えばわかりやすいかな?」
今年の8月初旬、私の1日はそんなことを考えながら始まりました。というのも、いくつかの中高生の合宿、練習会で指導することがあったからです。

指導するということは、指導する側が教える事柄を自分で理解し、きちんとそれを整理していなければ教えられないと私は考えています。ある程度の競技歴、記録がある選手に教える場合、「もう少しリラックスして」「リードレッグを意識して」といった具合に抽象的に言っても理解してくれますが、中高生を指導する場合は、なかなかそうもいきません。実技を見せながら、簡単な言葉で、また、ある時は物や動物などに例えながらでないと、選手側にこちらが思っている内容は伝わりません。

指導することが、動きのポイントを考えるきっかけに

何度か経験があるのですが、指導する前に教える内容を考え、いざ現場で指導すると、自分で動きを説明していて、ちょっとわかりにくい説明かな、と感じる場合があります。何故だろう?と考えた末、説明を文章にしてみました。読んでみてわかったのですが、説明のわかりにくいことわかりにくいこと…。読んでも、自分だけが理解できるような文章でした。

コーチがいらっしゃっていない時の練習では、誰かに伝えることを前提に行っていないので、動き、その日の練習のポイントは自分だけが理解していれば問題ないわけです。
こうした日常を繰り返していることが、練習会などで教える際に、自分だけがわかるような説明として現れてしまうように思えます。

8月初旬、指導する側の立場に多く立てたことで、動きや練習のポイントを考えるきっかけになり、予想以上に自らの勉強になりました。誰かを指導することは、自らの競技力を伸ばすことなのだと強く感じています。

練習中は頭の中で、誰かを指導するように

今は練習している時は、ちょっとは頭のなかで誰かを指導するようにしながら練習を行っています。また、その日の動きを文章にすることで、ポイントを出来るだけ簡単に抑えられるようにしています。始めは文章だけでしたが、ちょっとずつ図にしてみたりと、色々とやってみています。個人的に、図にするとわかりやすく、説明もしやすいように感じます。ただ、競技場でホワイトボードに書きながら練習する、なんてことはなかなか出来ませんから、やはり簡単な言葉で説明できるにこしたことはありません。

大学を卒業してから、少しではありますが、指導する側の立場にいることが増えてきました。学生時代に比べれば、いくらか説明がマシになってきたように思えますが、現場で教えている方々の指導を見たり聞いたりしていると、やはり持っている知識も教え方も自分はまだまだ勉強不足だなと感じます。

今年の夏は、自分の考えがあまりよく整理出来てないことがわかりました。動きがまだまだ洗練されてない、ということでしょうか。指導するという経験から学んだことを自分に生かせるようにちょっとずつ頑張ります。

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