陸上生活14年目に入って/梶川洋平


陸上生活14年目に入って、ようやく物事を考えながら練習するようになりました。陸上の技術や練習計画だけに限らず、ちょっとした出来事でも、頭の隅に残っているような場合にはそれについて考えています。
最近では、「情熱」についてちょっと考えてみました。

情熱とは

情熱の意味を調べてみると、「ある物事に向かって気持ちが燃え立つこと。また、その気持ち」とあります。
「ある物事」とは私の場合、単純に言えば「自己記録よりも遠くに跳ぶこと」になります。これは私の競技人生の中で変わらぬ目標です。
スマートな選手は様々な技術や戦術を駆使してこれを達成するのですが、私はそういったものでなく、情熱を練習量に置き換えました。高校、大学と練習量をこなしたことでそれなり の記録を出すことが出来ましたが、それだけで記録を伸ばしていったことで、結果的に視野が狭くなったと私は思っています。

練習量と視野

視野が狭いとはどういうことかといいますと、練習量を多くこなすということは、その中に自分が行っている種目に必要な要素が含まれている可能性が高いわけです。それが何かを考えることで、動作や練習内容、そして自分に必要な要素を見極める能力が洗練されるわけですが、前述しましたように、私は「練習量だけ」で記録を伸ばしたものですから、「遠くに跳ぶ」という目的を達成するための手段が少なく、練習量で解決するということしか見えていなかったわけです。
つまり、目標を達成する、または問題を解決する手段が少ない状態、これが私の考えている視野が狭いということです。

「情熱」と「冷静」の比率

情熱というものは持ち方次第では視野を狭め、結果的に情熱を注ぐ対象から遠ざけてしまうのかもしれません。何が必要で、何が不必要かの判断をするために、私は情熱と同時に、考えること、つまり冷静さを持つことを勧めます。
その比率は人それぞれですが、私の場合、昔は情熱が8、冷静が2、現在は6:4といったところです。

伸び悩んだときこそ、「情熱」の力を

しかし、私はこうも思います。技術も体力も充実しているのに伸び悩んだとき、それを乗り越えるのに必要なものは情熱ではないかと。
情熱によって遠回りしてきた私ですが、結局、いつまでも情熱なるものの持つ力を信じているようです。

タグ: ,

コメントは受け付けていません。